特に深い意味はない自作の物語文や思考実験。作中には、パワハラ・失礼な発言・罵倒・乱暴な行為など、不適切な行為をする人物たちが登場しますが、それらの行為を推奨するものではありません。作者はそのような行為には強く反対します。
◆「放課後の偶然あるいは奇跡」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
天真爛漫な由実(ゆみ)と、引っ込み思案な可奈恵(かなえ)。2人はクラスメイトでありながら、あまり話したことはなかった。
ある日、由実は帰宅後、教室に宿題のプリントを忘れたことに気づき、学校まで取りに戻った。教室に近づくと、誰もいないはずの室内から、何やらかすかに歌声が聴こえる。耳を澄ませてみると、それは由実の好きな、知る人ぞ知る楽曲だった。
「誰だろ?」
つぶやいて、教室のドアを開ける由実。するとわずか数歩先のところに、ちょうど教室から出ようとしていたと思われる可奈恵がいた。ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしている可奈恵は、プリントを手にして突っ立っている。
「宿題のプリント忘れて取りに来たの?」
由実が訊く。可奈恵は目をパチクリさせながらうなずく。
「偶然だね! あたしもなんだ!」
にこやかに由実が言った。
「そうなんですね」
可奈恵が小声で答えた。
「さっき歌ってたよね? あたしもあの歌好きだよ! 忘れ物も取りに来るタイミングも好きな曲も同じなんて、あたしたち気が合うのかも!」
晴れやかな笑顔で話す由実。
「いや、歌は、あたしじゃ、いや、その……」
しどろもどろになる可奈恵。そうかと思うと彼女はサッと目をそらし、足早にドア側へと向かった。そしてすれ違いざまに、さよならと挨拶し、そのままスタスタと教室を出ていった。すると廊下から、普段よりちょっとだけボリュームを上げた可奈恵の声が、由実の耳へと届いた。
「またね」
◆「うな重に落ちた涙」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
彼氏である和行(かずゆき)に、日ごろの感謝を伝えたい梓(あずさ)。サプライズとして、和行に最高級うな重をプレゼントすることにした。
だだっ広い公園の中を連れ回して、わざと和行のお腹を空かせた梓。そのあと、行き先を内緒にして和行の手を引き、うなぎ屋から20メートルほど離れた位置からは、和行に目をつむらせた。うなぎ屋まであと少し。
「梓、まだ目を開けちゃダメなの?」
「まだダメだよ! 開けていいって言うまで、絶対開けないで!」
「目をつむった状態で手を引かれて歩くの、恥ずかしいんだけど」
「ごめん! でもあとちょっとだから! 建物の中に入っても、まだすぐには開けないでね! いいって言うまでだからね!」
そんなやりとりののち、2人でうなぎ屋へと入る。
「予約した者なんですけど……」
梓が店員と話している間、和行はクンクンと匂いを嗅いで、何やら首をかしげている。梓は和行を座敷へと誘導し、座らせた。
「まだ目は開けないでね」
「この匂い……。やっぱり、これって……」
和行はどことなく顔をしかめているように見えるが、その表情を見た梓は、軽くかぶりを振った。店員が2人分の料理を運んでくる。そして店員が去ったあと、梓は口を開いた。
「もう目を開けていいよ! ジャーン! あなたの目の前にあるのは、最高級うな重だよ。あたしが食べるのは、そこまで値が張らないやつだけどね。さすがに最高級2人前は、お金が底をついちゃうからねー。悩みに悩んで、ここにしたんだ。めっちゃリサーチしたんだよ。創業150年の名店で……」
ハイテンションで喋り続ける梓。しかし目を開けた和行は、なぜかそのまま凍りついている。
「どうしたの?」
梓が訊く。なぜか、バツが悪いような表情をする和行。
「い、いや、びっくりしただけだよ。ありがとう。すごく嬉しいよ」
気を取り直したように、和行が言う。ところが彼は、9000円以上もするうな重に対して、なかなか箸が進まない。しかもときどき、目を白黒させているようにさえ見える。
「た、体調悪いの……? 大きな公園を歩き回ったせいかな……」
梓が心配そうに訊く。
「な、なんでもないよ。大丈夫」
そう言って、和行は食事を続ける。だが、和行はそのうち、うなぎに拒絶反応を示していることは一目瞭然という状態になってしまった。
「もしかして、うなぎ苦手だった? いや、どう見ても苦手だよね。あたしの勘違いじゃないよね。あたし、余計なことしちゃったのかな……」
梓が申し訳なさそうに尋ねた。
「に、苦手じゃないよ! 大好物だよ!」
否定して、うなぎを口に放り込む和行。
「うん、美味い。さすが最高級」
そう言うが、作り笑いにしか見えない顔の和行。
「ねえ、本当は苦手なんでしょ? お願い。正直に言って」
梓が真剣な面持ちで、和行にうながす。すると和行は、もはやこれまでとでも言うかのように、大きな溜め息をついた。
「じ、実は……うなぎだけは見るのも嫌なレベルでダメなんだ……。これはうなぎじゃないって、自分に言い聞かせながら食べてたんだけど、そろそろ限界みたいだ……。ごめん。俺が悪いんだ……」
そう打ち明けた和行は、涙目になっている。するとそれを見た梓までもが、静かに涙を流し始めた。
こうして楽しいはずの食事の場は、最悪な雰囲気になってしまった。
◆「ここにいる理由」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
「1つだけ、どうしても受けたいアイドルグループオーディションがあるんだよね。落ちたら、アイドルの道はあきらめようと思う。でも1人は不安だから、いっしょに応募してくれないかな?」
トップアイドルに憧れる唯菜(ゆいな)はそう言って、真剣な眼差しで友人の琴絵(ことえ)を見つめた。2人の仲は水魚の交わりと称すべきものであったが、唯菜とは正反対に、琴絵はアイドルの知識も乏しく、芸能界に興味もなかった。しかし琴絵は、唯菜のためならと快諾し、オーディションを受けることにした。
2人とも書類審査と2次審査を通過し、残りは3次審査と最終審査。
「唯菜は絶対アイドルになれるよ。あたしは次で落ちるだろうけどね」
2次審査後の帰り道で、琴絵にそう言われ、唯菜は謙遜した。しかし、琴絵と別れてから、唯菜はひそかに苦笑した。
「ま、琴絵より、あたしのほうが、アイドルへの憧れも容姿レベルも、上だよね。だから自分は少なくとも、琴絵よりは先に進めるだろうな」
自分の自信を再確認するかのように、唯菜はそんな独り言を言った。
ところが、唯菜の夢は3次審査で破れ、実際にすべての審査を突破しアイドルとして認められたのは、琴絵のほうだった。だが、芸能界に興味がない琴絵は、辞退すると言い出した。
「辞退するなんて、もったいないよ! ずっと応援するから、代わりに夢を叶えて!」
自分の夢を琴絵に託そうとする唯菜。
「えっ、でも……あたし……」
ためらう琴絵。しかし結局、唯菜のためならと、琴絵はそれを受け入れた。
それからというもの、琴絵の人気の伸びはとどまるところを知らず、グループのセンターに抜擢され、各種雑誌の表紙を飾り、CM、ドラマ、映画と活躍の場を広げ、今や誰もが認めるトップアイドルとなった。しかし、その一方で唯菜は、いつしか琴絵の前から姿を消していた。
多忙な毎日を送る琴絵。無数のペンライトの光を浴びながら、彼女はハンドマイクを口から遠ざけ、音信不通の友へと呼びかけた。
「唯菜。ねえ、今どこにいるの? あたし、唯菜に託された夢、叶えられたのかな?」
◆「観賞者と干渉者」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
早苗(さなえ)は、配信者として生計を立てたいと、彼氏の秀明(ひであき)に打ち明けた。
「俺はどんなことでも君を応援するよ。優しく見守って、干渉しないから」
秀明が言うので、彼女はまず、とりとめのない雑談や食品のレビューを配信し始めた。しかし待てど暮らせど、再生回数は伸びない。
早苗は、苦肉の策なのか、あるとき唐突に、「醤油を飲んでみたらしょっぱかった」という、突拍子もない動画を投稿した。すると、再生回数が目に見えて増加した。彼女は味を占めたかのように、「紙を食べてみたら味がなかった」「タバスコを飲んでみたらヤバかった」「全身をインクで塗りつぶしてみたら落とすのが大変だった」といった動画を、立て続けに投稿した。
「ねえ、早苗。なんでいきなりジャンルを変えたの?」
怪訝そうな面持ちの秀明が尋ねる。
「再生回数が100倍になるんだから、いいじゃん。内容が一変してギョッとしたかもしれないけど、ずっとこのスタイルで行くから、優しく見守っててね」
早苗が答えると、秀明は二の句が継げないような様子を見せ、黙ってしまった。
さらに早苗は、「石鹸を食べてみたらマズかった」「泥を食べてみたら苦かった」「絵の具を食べてみたら吐き気がした」といった企画を連発。すると、いても立ってもいられずに駆けつけたという感じの秀明が、早苗の前に現れた。
「配信者をやめろ!」
開口一番、荒い息遣いとともに、秀明が怒鳴った。
「どんなことでも応援するって、言ったじゃん。干渉しないって、言ったじゃん」
反発する早苗。すると秀明はバツの悪そうな表情になった。そしてまた、口を開いた。
「頼む。やめてくれないか。頼むから」
秀明は萎縮したかのように、かすれた声で願った。
◆「ぬいぐるみと数式がいっぱい」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
桃菜(ももな)、翔子(しょうこ)、令佳(れいか)は、同じ大学に通う女子大生。桃菜にとって翔子は数年来の親友で、令佳は最近仲よくなり始めた新しい友達である。
あるとき、翔子がニコニコ顔で桃菜に話しかけてきた。
「桃菜は興味がないと思ったから黙ってたけど、最近アマチュア無線に関心があって、3級の免許も取ったんだ。無線局開局の準備もしてる。男性の趣味って思われがちだけど、奥が深いんだよ」
「へー。試験に合格したんだね。よくわかんないけど、それってどんな内容なの?」
桃菜は翔子に試験対策本を見せてもらった。しかし、入り組んだ原理図や電子回路、バラクタダイオードやスーパーヘテロダイン方式といった専門用語、そして誘導性リアクタンスやインダクタンスといった物理量を扱った数式などが、桃菜にはちんぷんかんぷんであった。
「こういうの見ると、頭が痛くなるよ。さすが翔子は頭がいいね。本当に尊敬する。あたしには無理」
顔をしかめ、本から目をそむけるという、あからさまな拒絶反応を示す桃菜だった。
しかしある日、翔子の趣味を偶然知った令佳が、翔子にこんなことを言った。
「あたしは2級の免許持ってる。無線局も開局してるよ」
これを聞いて翔子は、令佳にちょくちょく話しかけるようになった。
それ以降、桃菜も含めて3人で食事や外出をするようになった。やがて桃菜は、翔子も無線局を開局し、令佳との無線通信を始めたという話を聞いた。ただ、3人いっしょのときも、翔子と令佳の2人は、しばしば、ところ構わず無線工学の話に花を咲かせ、桃菜をキョトンとさせた。
「コンデンサの静電容量がこの値だと……」
「半波長ダイポールアンテナの放射電力は……」
「リング変調回路に搬送周波数を……」
そしてこうなるたびに、2人はしばらくしてから、桃菜の呆けた顔に気づく。
「あっ、桃菜。つまんないかな?」
「まるで蚊帳の外に追いやってるみたいでごめんね。そんなつもりはないんだけど」
そんなふうに、桃菜が他の2人に気を遣われる日々であった。
さらに2人は、モールス信号で会話するようになった。トンとかツーとか言いながら、キャッキャッとじゃれ合っている。ポカンと口を開け、眺めているだけの桃菜。
そして。ぬいぐるみでいっぱいの部屋に、狂ったように無線工学やモールス信号の勉強に打ち込む、桃菜の姿があった。睡眠時間まで削って没頭した結果、ついに桃菜は、4級の免許まで取ったのであった。
◆「さようなら、5万人」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
無名ユーチューバーの彩佳(あやか)は、自身のチャンネル登録者数が500人程度から一向に増えないことを、ちょくちょく確認しては、溜め息をついていた。そんな彼女には、楓(かえで)という、ダンスの上手い友達がいる。
「ねえ、楓。いっしょに動画に出演して、踊ってくれないかな? とりあえずチャンネル登録者数が増えた状態が見たいんだよね。楓の力が必要なの。毎回とは言わない。1回とか2回でもいいから、出て」
そう声をかけると、楓は逡巡したものの、他ならぬ彩佳の頼みだからと、協力してくれることになった。
こうして彩佳は、楓といっしょにキャッチーな曲に合わせて踊り、その動画を投稿した。すると、そこそこ有名な音楽関係者が他のSNSで触れてくれるなどの運も手伝い、予想をはるかに上回る反響を呼んだ。中でも特に、楓の容姿の美しさに言及する声が多かった。
「出演してくれてありがとう、楓。持つべきものは美しい友だね」
冗談まじりに感謝の言葉を述べる彩佳。
結局、なんだかんだで楓は、その後7回も、2人でのダンス動画に出演してあげた。そしてその甲斐あって、チャンネル登録者数はあっという間に5万人を超えたのであった。ただ、再生回数は楓出演回だけが群を抜いており、そんな楓出演回に対するコメントも、大半が彩佳はそっちのけで楓を賞賛しているという状況。
そんなある日、最近は動画出演に乗り気になっている楓が、ニコニコ顔で彩佳に近づいてきた。
「彩佳、次はいつダンス動画撮るの? あたしはいつでもいいよ!」
楓の言葉に対して、彩佳は笑っているのか悲しんでいるのか怒っているのかわからない、微妙な表情になった。そして、しばしの間沈黙したあと、口を開いた。
「もうユーチューバーはやめる」
無機質な声で言う彩佳。
「えっ? せっかく登録者数が5万人を超えたのに?」
キョトンとする楓であった。
◆「入浴菜」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
光一(こういち)は、彼女である遥(はるか)の奇行に驚かされることが多かった。しかし彼は、そんなところも遥の個性と認め、受け入れているということを、周囲の友人たちに語っていた。
「遥は放っておくと何をするかわからないから、俺が一生ついていてあげないといけないんだよ」
上機嫌な様子で、いつもそんなふうに話す光一だった。
ある日、光一はデート中に、外食中心の遥の食生活に、野菜が極端に少ないことを指摘した。
「野菜は体にいいから、もっと摂取したほうがいいよ。この際、野菜ジュースでもいいから」
光一がアドバイスすると、遥はうなずいた。
「じゃあ今夜、スーパー行ったときに、野菜ジュース買うね」
しかしそのあと帰宅した光一は、何かを考え込むように、腕組みをした。
「遥のことだから、飲めば飲むほど健康にいいと思って、大量購入するんじゃないか?」
光一は心配顔になる。
「いや、さすがにそれはないか」
苦笑する光一だった。
数日後、光一が遥の自宅アパートを訪れた。すると、浴槽になぜか、野菜ジュースが満たされている。
「何これ?」
光一が尋ねる。
「体にいいって言うから、毎日入ってるよ」
屈託ない笑顔で、遥が答えた。
そのさらに数日後、光一は遥に別れを告げた。
◆「コの字型の凶器」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
卓哉(たくや)は後輩彼女である好美(このみ)と遊ぶときの罰ゲームで、いつも自分には重い罰、好美には軽い罰を科す。
ある日、卓哉の部屋でトランプ対決をすることになった2人。今回、卓哉が決めた罰ゲームは、好美が負けたら好美が卓哉にデコピンをされ、卓哉が負けたら卓哉が好美に「腕ホッチキス」をされるという内容。「腕ホッチキス」とは、読んで字のごとく、腕にホッチキスでガチャンと針を刺されるというものだ。この勝負では卓哉が負け、180度開いた状態のホッチキスを、好美に手渡した。
「せ、先輩にそんなことできませんよ。腕ホッチキスって……あれ、本気だったんですか?」
好美は目を丸くしている。腕ホッチキスは、悪い冗談だと思っていたらしい。
「俺は大丈夫だから。俺的にルールは絶対だから。お願い。断らずに、ちゃんと執行してね」
卓哉が頼み込む。
「そ、そう言われましても……」
好美は顔をしかめ、躊躇する。ホッチキスをただ自分の胸もとに持っているだけで、なかなか罰を執行することができない。
そのまま30分が経過した。
「これじゃ、いつまで経っても終わらないよ。早くしてくれないかな?」
卓哉が業を煮やして言う。
「は、はい……」
ようやく好美が、ホッチキスを卓哉の腕のすぐそばまで近づける。しかし彼女は今まで以上にオドオドし始め、あまつさえ息まで荒くなってきた。どちらが罰を受けているのか、わからないありさまだ。
「じゃあさ、好美ちゃん。カウントダウンしてあげるね」
「えっ! ちょっと……」
卓哉の言葉に、好美が狼狽する。
「5、4、3、2、1、0」
卓哉の「0」に合わせ、好美がようやく罰を執行した。そして卓哉の腕に刺さった針を、好美は大きく見開かれた目で、身じろぎせず凝視する。
「平気。全然痛くないよ」
卓哉がそう言って笑う。好美は卓哉の顔と卓哉の腕に刺さった針を、何度も交互に見つめる。
「きゃああああああああああ!」
好美の悲鳴が響き渡った。そして謝罪の言葉を叫び始めた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! あたしがやったんだ! ごめんなさい! ホントにごめんなさい! 痛くないなんて、嘘です! 絶対痛いです! すぐ手当てします! あたしは悪魔です! だからあとであたしに、もっと重い罰を科してください! 画びょうを10本刺すとか! 爪を剥がすとか!」
狂ったようにまくし立てる好美。卓哉はそんな好美の様子を、ただただ眺めるばかりであった。
◆「変形少女」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
博文(ひろふみ)が後輩彼女の朝実(あさみ)に、ある遊びを提案した。オセロで負けたら、罰として輪ゴムを5本、顔に巻かれるというものだ。
「あたしが勝った場合は、尊敬する先輩の顔に、輪ゴムなんて巻けないかもしれません」
朝実はそう言いつつも、拒絶まではしなかったので、博文はこの遊びを実行することに決めた。
オセロの結果は、朝実の惨敗だった。
「朝実ちゃんのこの負け方じゃ、輪ゴム5本は少ないかもしれないね」
おどけた調子で言う博文。
「そうですね。30本くらい巻いてください。ヤバい顔にしちゃってください」
屈託ない笑顔を見せる朝実。
「気合が入ってるね。了解」
そう言って博文は、次から次へと手際よく、輪ゴムを朝実の顔に巻き続け、あっという間にその数は30本に達した。原形をとどめないほど歪んだ朝実の顔。それを見た博文は、腹を抱えて笑った。
そのあと博文が、すべての輪ゴムを外し終えると、朝実がポロポロと涙をこぼし始めた。
「ごめん。痛かったよね」
博文が謝る。
「顔の痛みは大した問題ではないです。普通に我慢できました」
朝実がハンカチで涙を拭きながら言う。
「じゃあ、なんで泣いてるの?」
博文が訊くと、朝実は両手で顔を覆った。
「先輩は……何も……何もわかってない」
声を詰まらせながら、朝実はそんなことを言った。
◆「カニ牛合戦」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
鮮魚スーパーで、生きているカニが、パックの中でもがいている。それを見て、顔をしかめる朱美(あけみ)。
「可哀想」
そんな朱美の言葉に、彼氏の勇三(ゆうぞう)が反応した。
「君、カニ鍋好きだったよね? 自分だって普通に食べてるじゃん。君の言動は矛盾してるよ」
勇三にそう言われて、朱美がふくれっ面をする。
「矛盾してない。だって、カニ鍋のカニはとっくに死んでるんだから。それを見ても可哀想とは感じない。それは普通の感覚でしょ?」
そんな朱美の反論に、勇三はさらに口を開く。
「君が見たときにはすでに死んでたとしても、需要があるから供給が成り立つんだよね。つまり、君もカニの命を間接的に奪ってるよね? たとえ間接的にだったとしても、自分でカニの命を奪うのは可哀想じゃなくて、カニがパックの中でもがいてるのは可哀想なの? もしそうだとしたら、君は偽善者だよ」
偽善者という言葉を聞き、朱美は眉間にシワを寄せた。
「どうしてそういう考え方しかできないの? あなたは焼き肉が好きだけど、牛が屠殺場で悲鳴を上げてる様子を目の当たりにしても、何も感じないってこと? それって人としておかしいよね。あなたって人間じゃないよね。ロボットだね。機械だね」
朱美がまくし立てた。勇三は一瞬傷ついたような表情を見せたものの、みるみるうちに顔が真っ赤になった。
「おい、誰が人間じゃないって? 取り消せよ、今の言葉」
怒りをあらわにする勇三。
「やだよ。あなたのほうこそ、自分の血も涙もない価値観を反省して」
非難する朱美。
結局、ここから先は単なる悪口合戦になってしまった。
◆「隠しピーマン」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
晴海(はるみ)はピーマンが大の苦手だ。見るのも嫌らしい。
「なんでそんなに嫌いなの? 苦いから?」
彼氏である功輔(こうすけ)が、首をかしげた。
「苦味とかそういうのじゃないんだよね。あたしの場合、特殊なの。実は小学生のころ、クラスにすごく意地悪な女子が数人いて、その子たちがあたしの給食のデザートに、ピーマンを細かくちぎって混ぜてきたんだよね。だからそれまではピーマンを食べられてたのに、食べられなくなっちゃった。ピーマンを見ただけでも、当時の記憶がいろいろとよみがえっちゃう」
晴海が自嘲気味に打ち明けた。
「そうだったんだ。辛いことを思い出させちゃったね」
功輔が申し訳なさそうに言った。
「ううん、いいの」
晴海が笑う。
「でもさ、晴海。ピーマンは体にいいよ。食べられるようになったほうがいいと思う。挑戦してみたら?」
功輔が真面目な口調でアドバイスするが、晴海は首を横に振った。
「体にいいのは、確かなんだろうけどね。あたしは一生、無理だと思う」
そして数日後。料理好きでもある功輔が、晴海にハンバーグをふるまった。晴海は、すごく美味しいと絶賛しながら食べている。そこへ功輔が、ニコニコしながら近づいた。
「実は君のためを思って、ピーマンを細かく刻んで、ハンバーグの中に入れておいたんだよね。気がつかなかったでしょ? よかったね、食べられて」
その言葉を聞いた途端、晴海は功輔の善意に対して喜ぶどころか、口の中のものを吐き出し、さらにはハンバーグの残りを、床に叩きつけてしまった。そんな拒絶反応に、功輔は愕然とした様子を見せた。
「な、何するんだよ。せっかくつくったのに。虫を入れたわけじゃないだろ」
晴海を睨みつける功輔。
「うるさい! ひどい! 無神経! あなたが虫だよ! あなたは人間じゃないよ!」
わめき散らす晴海。
「言葉を慎めよ」
功輔が不快そうに言う。
こうして楽しいはずの食事の場が修羅場と化し、2人の仲に亀裂が生じた。
◆「驚愕の結末」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
麗奈(れいな)が、彼氏である大輔(だいすけ)の部屋で、放送中の推理映画をいっしょに観ている。映画がクライマックスに差しかかると、麗奈は何かに気づいたような様子を見せた。
「どこかで聞いたことのあるストーリーだと思ったら、あたし、これの原作漫画読んだことあるよ。今映ってるこの女が真犯人なんだよね」
麗奈が説明する。
「はっ!? 何だって!?」
映画がCMに切り替わると同時に、素っ頓狂な声を上げる大輔。
「いや、だから、さっきの女が黒幕」
麗奈が繰り返すと、大輔は目を丸くして絶句する。
「ね? 驚いたでしょ? まさかあの女が犯人だとは思わないよねー」
屈託ない笑顔で言う麗奈。
「あー! やだなー! もう!」
露骨に肩を落とす大輔。
「何が嫌? あっ、そういえばあの女優好きって言ってたね。自分が好きな女優が凶悪犯を演じてるのは、嫌かもね」
麗奈が納得したようにうなずくと、大輔はひどく疲れたような様子で、大きな溜め息をついた。麗奈がまた口を開く。
「まあ、元気出しなよ。あっ、そうそう。密室トリックの手の込みようがすごくてね、実は部屋の鍵は……」
「あー! あー! あー!」
麗奈の声に大輔の絶叫が重なった。それと同時に、手で麗奈の口をふさぐ大輔。
「大輔、落ち着きなよ。ふざけてんの? うざいんだけど」
麗奈が文句を言うと、大輔は麗奈の両肩に手を置いた。
「大きな声出してごめん。とりあえず、悪いけど君は、映画が終わるまで黙ってて。冷蔵庫に入ってる俺のクラウンメロンシュークリームもレーズンバターサンドもバレンシアオレンジゼリーも、全部あげるから。それ食べて大人しくしてて」
麗奈は一度はポカンとしたものの、そのあとは嬉々としてシュークリームやゼリーを食べていた。
◆「喜怒AI楽」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
ある日、高校生の礼子(れいこ)が音声会話型AIと会話してみると、礼子のことをかなり人間らしい言い回しで褒めてくれた。しかし、普段からどちらかといえば現実的で論理的なタイプの礼子は、AIからの賞賛に対して、軽く溜め息をついた。
「君に褒められても、嬉しいという感情は抱けないな。感情を持たない存在からの賛辞は、私にとっては無味乾燥な単語の羅列に過ぎないからね」
礼子はAIに対して、AIよりも無機質かもしれない声で、そんなふうに話した。
数日後。学校で人間関係のトラブルに見舞われ、半泣きの状態で帰宅した礼子。彼女はベッドに横たわった。
「……そうだ。音声会話型AIに愚痴ろう。独り言みたいなもんだけど、自分の悩みを自分で言葉にすると、精神的に整理がつくかもしれないから」
そうつぶやいて、今日の出来事についてAIに話してみた礼子。するとAIは、礼子を否定するような言葉を繰り返した。礼子はそれを聞いているうちに、涙が溢れてきた。
◆「ストーン返事」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
大学生の成子(なるこ)が自分の部屋で、同じ大学に通う、彼氏の涼太(りょうた)といっしょに過ごしている。突然、成子が、わき腹が痛いと言い出した。涼太は心配したが、これから涼太は大事な用で出かける必要があった。成子は、大丈夫だと言いながら、なかば強引に彼を追い出した。しかしそのあと、成子はうずくまった。
「何なの、これ! 痛すぎる! し、死んじゃう! あたし死にたくないよ!」
七転八倒する成子。彼女は冷や汗まみれで、救急車を呼んだ。
翌日以降、成子は涼太の前で体調不良の件に一切触れないという状態が続いた。涼太が聞き出そうとしても、のらりくらりと話をはぐらかし、挙げ句の果てには口を閉ざした。
「成子ちゃん、何か隠しごとをしてるみたいだな。何を隠してるのか、気になる。何かにつけて根掘り葉掘り聞こうとまでは思わないけど。でも俺って、彼氏だよな。だったら、ためらわず、ありのままの自分を見せてくれればいいのに。だけど、あの様子じゃどれだけ聞き出そうとしても、らちが明かないだろうな」
涼太はそんな独り言を言って、溜め息をついた。
しかし2か月ほど経ったころ。
「やっぱりどうしても、成子ちゃんが何を隠してるのか、気になる。でも、あまりしつこく訊いても、にべもなくそっぽを向かれるかもなあ」
そうつぶやきながらも、涼太は成子に近づいた。
「ねえ、成子ちゃん。何か隠してるよね? 結構前の話なんだから、もう教えてくれてもいいんじゃない? そういう問題でもないのかな? ここ2か月の間に、何度かナーバスになってたときもあったみたいだけど、基本的には元気そうだから、難病が見つかったとかいうわけでもないんでしょ? どうなの? 彼氏として気になるんだよ。教えてよ」
すると、耳まで真っ赤になった成子が、蚊の鳴くような声で、ポツリポツリと話し始めた。
「あのとき……しばらく我慢してたけど……無理で……仕方なく……自分で119番して……結局……その……尿路結石だった」
その言葉に目を見開く涼太。
「俺は医学的なことはよく知らないけど、確か尋常じゃない痛みをともなう病気だよね!? 大丈夫だったの!?」
驚きと心配の入り交じった声で訊く。
「い、一応、大丈夫……」
「のたうち回ったんじゃないの?」
「……う、うん……」
「死ぬかと思ったんじゃない? 死の恐怖を感じなかった?」
「か、感じた……」
「死の恐怖に怯えて泣いてた?」
「そ、そうだね……」
「血尿は? 血尿、出たの?」
「えーと……」
「血尿、出たの?」
「んっと……」
「血尿は?」
「……で、出た」
「それはびっくりしただろうね。石は? 2か月経ってるから、さすがに石はもう出たんだよね?」
「うっ……」
「石、出た?」
「えー……」
「石、出たよね?」
「……出たよ、2週間くらいで……」
「どんな石だった? サイズとか、形とか」
「えっ……」
「サイズは? 形は?」
「そ、その……」
「ねえ、どうなの?」
「……わ、忘れた……」
「そうなの? でも、尿路結石って女性もなるんだね。おじさんの病気かと思ってた」
「うー……」
「ねえ、おじさんの病気ってイメージない?」
「あるかもね……」
「女性がなるのは珍しいね」
「うー……」
「それにしても、尿路結石って……」
「やめて……」
「え?」
「やめて……。もう、やめて……」
成子は泣き出してしまった。涼太がなんとか落ち着かせたが、結局、このあとしばらくの間、2人の関係はギクシャクしたものになってしまった。
◆「πよりパイ」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
基本的に物覚えが悪いが、例外的にお菓子作りの知識だけは豊富な浩(ひろし)と、浩の彼女である、記憶力抜群の蘭子(らんこ)。浩は円周率を50桁覚えるチャレンジを始めた。自分の記憶力もまんざら捨てたものではないということを、証明したかったのだろう。
そしてついに成功した浩は、蘭子が浩の部屋に遊びに来ているときに、小躍りしながら蘭子に近づいた。
「俺、円周率50桁暗記できたよ!」
そう報告すると、ソファーに座ってスマホを見ていた蘭子は、無表情で浩のほうを向いた。
「へー、そうなんだ。あたし、100桁言えるよ」
それを聞いた浩は、ポカンと口を開ける。
「そっか」
そうつぶやくと、浩はしばらく意気消沈したような様子で沈黙していた。蘭子がよく見ると、浩はやや涙目になっている。
「どうしたの? 大丈夫?」
心配そうに蘭子が訊いた。
「なんでもない」
浩が、蘭子とは目を合わさずに答える。
「ふーん。そう。……あっ、そうそう、数学関連の暗唱といえばさ、自然対数の底であるネイピア数は……」
蘭子が話し始めると、浩は急に蘭子の目を見つめた。
「いや! それよりさ! こないだ、クロカンブッシュを作るとき、薄力粉や微粒子グラニュー糖のほかに、ヘーゼルナッツローストや……」
浩は全然関係のない話を始めた。
◆「白いカレーライス」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
絵美(えみ)が自分の部屋で、皿にたっぷり盛った状態の、昨日の残りのカレーライスを、ブランチとして食べようとしている。そのとき、遊びに来ている彼氏の敬一(けいいち)が、それを覗き込んだ。
「俺、最近カレー食ってないなー。1口だけちょうだい」
笑顔で言う敬一。
「いいよ。結構量が多いから、1口と言わず、半分食べてもいいよ。先に食べて」
絵美が敬一にスプーンを手渡した。
「どこをどう食べてもいいの?」
敬一がカレーを見つめながら、絵美に訊いた。
「え? うん。どこでもいいよ」
「本当にどんな食べ方でもいいの?」
「食べ方? そりゃあ、どんな食べ方しても自由だけど」
「食べ方というか、取り方。どんな取り方でもいい?」
「別になんでもいいよ。どうでもいいから食べなよ。あたしトイレ行ってくるから、食べといて」
絵美は敬一からの執拗な質問に対して、疲れたような表情を見せたあと、トイレへと向かった。すると敬一は、カレールーの約95パーセントとわずかなご飯を食べて、皿をテーブルに置いた。そこへ戻ってきた絵美。
「何これ!? ほぼご飯だけじゃん!」
怒りをあらわにする絵美。
「どこをどう食べてもいいかって、どんな取り方でもいいかって、訊いたよね。なんでもいいって、言ったじゃん。何度も確認したよね」
敬一はケロリとしている。その言葉と様子が火に油を注ぐことになり、結局、罵り合いが始まってしまった。
◆「つまらない死」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
女子大生の晴夏(はるか)は、同じ大学に通う文恵(ふみえ)の元気がないことを心配し、ちょくちょく声をかけていた。しかし、いつになっても文恵は、晴夏に話してもわかってもらえないと言って、事情を話そうとしない。
「ああ、もう。心配しすぎて、あたしのほうこそおかしくなりそうなんだけど。あと文恵は、あたしが相談相手として適してないと思ってるの? それもショックなんだけど」
晴夏が文恵に、疲れ切った表情で言う。
「いいから、ほっといて」
文恵は晴夏から目をそらした。
そんなある日、ついに文恵が、この件について口を開いた。
「実は、漫画のキャラクターが死んだことに絶望してたの。晴夏は漫画に興味がないから、共感してくれないと思って、黙ってた」
そう文恵に打ち明けられ、晴夏は溜め息をついた。
「そんなつまらないことで落ち込んでたの? あたしをここまで心配させておいて」
イライラしたような口調で言う晴夏。
「ほら、わかってくれない。だから黙ってたのに、晴夏がしつこいから」
口をとがらせる文恵。
「心配してあげてる人間に対して、しつこいって何!? まずは、実在しない人間の死で悩んでるあんたがおかしいってことを、ちゃんと自覚しなさい!」
晴夏が声を荒らげる。
「やっぱり晴夏みたいな人には、話すべきじゃなかった。あー、やだやだ。これだから、漫画で感動できないロボットみたいな人間は困る。ちゃんと体に血、流れてるの?」
呆れたように文恵が言う。結局、このあとは、単なる悪口合戦になってしまった。
◆「異なる時を刻む」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
「誕生日プレゼントは安いものでいいよ。目覚まし時計とか。使ってたのが壊れちゃったから」
奈津子(なつこ)が、彼氏の恭太(きょうた)に対して言った。恭太の懐事情を考慮しての言葉なのだろう。このとき奈津子は、自分が普段から使っている、アナログ時計を想定していたと思われる。彼女は、デジタル時計は視覚的にわかりにくいと、過去に何度か友人に話していたからだ。
しかし、誕生日になると、恭太はデジタルの目覚まし時計をプレゼントしてきた。これは奈津子には合わない。気配り上手なタイプの奈津子は、このとき、さすがに今から買い直してくれと言うのは、恭太の経済状態にかかわらず、いくらカップルとは言え礼儀知らずだと感じただろう。
「よかった! ちょうどこういうのが欲しかったんだよね」
ウソが嫌いだとよく言っている奈津子だったが、今回は、その場しのぎのウソをついたようだ。
数時間後。もらった時計を見つめながら、一人、部屋で考え込んでいる様子の奈津子。
「うーん……。やっぱり、これは自分には向いてないから、今度、自分でアナログ目覚まし時計を買おう」
そうつぶやいて、奈津子は、デジタル時計をベッドから離れた棚に飾った。
そしてそれからはずっと、自分で買い直したアナログの目覚まし時計を使っていた。
そんなある日、今までに1回しか奈津子の部屋を訪れたことのなかった恭太が、何の前触れもなく、奈津子の自宅マンションへやってきた。奈津子はあたふたして、恭太が部屋に入ってくる前に、自分が買ったアナログ時計をベッドの下へと無造作に放り込み、恭太がくれたデジタル時計をベッドわきにそっと置いた。
◆「親友と非親友」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
桜(さくら)・今日子(きょうこ)・千鶴(ちづる)は同じ大学に通う女子大生である。桜は今日子のことを唯一の親友だと言っており、大切にしている。
桜はある日、あまり話したことがなかった千鶴と話してみた。すると好きな映画や好きな音楽などが共通しており、気が合うねと言い合って、話が盛り上がった。桜は千鶴とも仲よくなりたいと思い、それ以来、毎日のように、自分から千鶴に近づいていた。
あるとき、千鶴が、今日子の生まれは一野町(いちのちょう)だとか、今日子の最近の趣味は科学雑誌を読むことだなどと言った。
「違うよ。今日子は生まれも育ちもここ、二野町(にのちょう)だよ。あと今日子は文系で、科学とか苦手なんだよ」
桜はそう返すが、千鶴はかたくなに譲らない。
「じゃあ2人で訊きに行こうよ」
そう言って桜は、千鶴とともに、今日子のもとへ向かった。すると今日子は、笑顔で話し始めた。
「桜には言ってなかったけど、生まれは一野町で、育ったのが二野町なんだよね。あと最近、科学雑誌を読むのが面白いんだよね」
千鶴は、さらに、今日子が二野町へ引っ越した経緯や、今日子が特に好きな科学の話題についても語った。
「そうそう。そうなんだよね」
今日子が千鶴の話を肯定する。
その後、桜は千鶴と距離を置くようになってしまった。
◆「遠い人と近い人」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)
「伸二(しんじ)さんって、ホントに素敵な人だなあ……」
そんな独り言を言う由希子(ゆきこ)は、伸二に一方的に憧れているようだ。しかし伸二は、由希子の名前や顔すら、知らないだろうと考えられる。
「久絵(ひさえ)に相談しようかなあ……」
久絵とは、由希子が一番仲よくしている女友達である。
「……でも、久絵は男には無縁だからなあ。恋愛相談の相手としては不適切かも。やめとこう」
あるとき、由希子と久絵が2人でいるときに、偶然、伸二が現れた。すると久絵が、伸二のことを呼び捨てで呼んだ。2人が知り合いとは知らなかった由希子は、驚いた様子を見せた。
「伸二とは幼馴染なんだよ」
そう久絵に言われ、由希子は一応、納得したようだった。
「久絵、おはよう」
伸二が久絵に挨拶した。
「そちらの方は……久絵のお友達ですか?」
由希子は伸二にそう訊かれ、名乗った。
そして3人でしばらく雑談をしたのだが、最後に伸二が、笑顔で由希子に対して語りかけた。
「お友達さんは、久絵と仲がいいんですよね? 久絵は昔から、すごく寂しがり屋だから、ずっと仲よくしてあげてくださいね。お友達さんは……いや、お友達さんっていう呼び方は失礼だな。……お名前、何でしたっけ?」
由希子は再度名乗ってから、伸二と別れた。だが、再び久絵と2人きりになると、由希子は久絵とは目を合わせず、口も利かず、さっさと帰ろうとした。
「由希子、どうしたの? なんで無視するの? なんか怒ってるの?」
すると由希子の頬を、一筋の涙が伝った。