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まあまあ明るいところ

当ブログの記事・小説の著作権は、筆者・作者である焼旅シンにあります。無断転載・無断使用を禁じます。

自作の物語文など 2

特に深い意味はない自作の物語文や思考実験。作中には、パワハラ・失礼な発言・罵倒・乱暴な行為など、不適切な行為をする人物たちが登場しますが、それらの行為を推奨するものではありません。作者はそのような行為には強く反対します。




◆「蚊の目玉だと思ってた」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)

 悠那(ゆうな)と愛(あい)の若い女性2人は、勤務先が同じだ。愛は頻繁に同じミスを繰り返し、職場をてんてこ舞いにさせていた。しかもあろうことか、毎回、悠那に濡れ衣を着せていた。ただ、寛大な性格の先輩女性である曜子(ようこ)は、いつも悠那を笑顔で許してあげていた。

 ある日、曜子は、何かに気づいたような様子を見せた。
「悠那ちゃんじゃなくて、愛ちゃんが、諸悪の根源だ……」
 曜子がつぶやく。そして曜子は、悠那を問いただした。すると悠那はついに、シュンとしながら、事実を洗いざらい語った。
「……というわけなんです。でも、あんまり愛ちゃんを叱らないであげてください。曜子さんなら、愛ちゃんのことを、笑顔で許してくれますよね?」
 そう言って、悠那がニコリと笑う。しかし、皮肉にも、愛よりも先に悠那が、鬼の形相の曜子から大目玉を食らった。そして、そのあまりの剣幕に、悠那は泣き出してしまった。




◆「合格者と棄権者」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)

 智之(ともゆき)は、友達の沙里南(さりな)が資格試験の勉強をしているのを応援している。
「俺、そろそろ沙里南に告白しようかな。タイミングは……試験の合格発表が終わって、しばらくしてからでいいか。今は勉強に集中させてあげなくちゃ」
 そんな独り言を言う智之だった。
 
「あたし、最近、夜はスパイシーハンバーガー片手に勉強してて、睡眠時間は3時間なんだよね」
 沙里南がそのように近況報告をしてきたので、智之は思案した。
「それは不摂生だな。ちょっと生活を見直したほうがいい。ビタミンやミネラルもしっかりとって、睡眠時間も最低6時間はとろうか。そのほうが、勉強の効率も上がるよ」
 智之はそう助言した。

 2週間後。
「智之、この前はアドバイスしてくれてありがとう。今は栄養もしっかりとって、毎日6時間寝てる。智之の言うとおり、確かに今のほうが、勉強がはかどってる気がするよ」
 沙里南に元気な声でそのように説明され、智之は胸をなで下ろしたような表情をした。

 そして沙里南の資格試験が終わった。さらに智之は、合格の報告も聞いた。
 智之はお祝いのベイクドチーズケーキを片手に、初めて沙里南の部屋を訪れた。すると、沙里南の部屋は足の踏み場もない状態だった。床には、化粧水や乳液の容器、生理用ナプキンの袋、スナック菓子や柿の種の袋、食べ残したコンビニ弁当やカップ焼きそば、空になったコーラのペットボトルや缶チューハイ、タール量の多いタバコの箱や吸い殻、脱ぎ捨てられたストッキングなどが散乱している。智之はそれとなく生活習慣を聞き出してみた。すると、主食はバーベキュー味のポテトチップスで、おかずはストロング缶だと言う。また、毎晩、FPSを中心としたオンラインゲーム漬けで、睡眠時間は平日は1時間で、休日にまとめて15時間寝ているらしい。
「生活を見直したほうがいいよ……」
 しばらく沈黙していた智之が、ようやく、小さく低い声で言った。だが、沙里南はキョトンとした。
「なんで? 資格試験はもう終わったんだよ。だったら、普通の生活に戻していいじゃん」
 智之はそれ以上は詮索も干渉もしなかった。そして結局、智之はいつまで経っても、沙里南に告白しなかった。




◆「距離を置くべきもの」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)

 男子大学生の忠司(ただし)には、同じ大学に通う政宏(まさひろ)という友達がいる。あるとき忠司は、神妙な面持ちの政宏から、相談を持ちかけられた。
「彼女の瑠璃(るり)が、陰謀論者になってしまったんだ。四六時中、陰謀論の話をしてる。しかも、ほんの少しでも否定すると、怒り狂うんだ。精神的に参ってる」
 うんざりした様子の政宏を見て、忠司は、心から同情したような表情を見せた。
「肯定も否定もしないのが、一番いいんじゃないか?」
 そう忠司がアドバイスする。
「いや、肯定しないと不機嫌になるんだ」
 政宏がうなだれる。忠司は腕組みをし始めたが、結論は出なかった。
「とりあえず、どんなことでも俺を頼ってくれよ。いつでも愚痴を聞くぞ。友達なんだから」
「ありがとう。やっぱり、持つべきものは友だな」
 政宏は弱々しい声で言った。

 数日後。忠司に、政宏が真剣な面持ちで話しかけてきた。
「昨日、何時間も瑠璃と話して目覚めたよ。瑠璃の言うことは、すべて正しかった」
 そして政宏は、陰謀論を延々と語った。
 その日以降、忠司は政宏と距離を置くようになった。




◆「強制1万円」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)

 有華(ゆうか)は、伸男(のぶお)の貧しさを承知の上で、彼と交際している。
 伸男の誕生日の1週間ほど前に、有華は、プレゼントとして、現金1万円を提案した。
「すごく嬉しいけど、恋人の間で贈る誕生日プレゼントとしては、違和感があるかも」
 伸男が苦笑して言った。
「じゃあ何か別のものを考えておくね」

 その翌日の夜、伸男の部屋で2人で過ごしていると、伸男が何かのメモを見ている。
「しまった! 俺はバカだ!」
 大きな溜め息をついて、何かをひどく後悔している様子の伸男。有華が心配そうに話を聞くと、伸男は肩を落としながら話し始めた。
「乾電池がどうしても必要だったから、今日買ったんだ。でもさらに足を延ばしたところにある店には、俺が買ったものより2円安い乾電池が売ってるんだよ。その店のことは、以前ちゃんとメモしておいたんだけど、買う前にメモを見るのを忘れてた。……ああ、もう!!」
 伸男は、うなだれ、何度も頭をかきむしる。
「あっ、未開封だから返品できるか! 返品して買い直してくる!」
 そう言って今度は立ち上がる。
「の、伸男! もう時間も遅いからいいじゃん! あたしの家に新品の乾電池があるから、それを明日あげるよ!」
 有華がしつこく引き止めたため、伸男はあきらめたものの、その後もずっと、溜め息をつき続けていた。

 結局、伸男の誕生日になると、有華は伸男に現金1万円をプレゼントした。




◆「ヤユ星人」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)

 鈴歌(すずか)・世利名(せりな)・緑(みどり)は、同じ大学に通う、同学年の女子大生だ。
 あるとき鈴歌が、大学で体調を崩すと、世利名が優しく介抱してくれた。それ以来、鈴歌は世利名に何度も話しかけていた。

 そんなある日、鈴歌がキャンパス内のベンチに腰かけていると、緑が小馬鹿にしたような表情で、近づいてきた。
「ねえ、あの人につきまとうのやめたら? きっとあの人、あなたのこと、うざいって思ってるよ。ちょっと優しくしてあげただけなのに、ストーカーみたいでキモいって思ってるよ。あの人、そういう人だから」
 そんな緑の言葉に対して、鈴歌は、ムッとした顔をすると同時に、口を開いた。
「……勝手な想像で、世利名さんのことを語らないで。自信満々に喋っちゃって、頭おかしいんじゃないの? あなたと違って、あたしは世利名さんのこと、よく知ってるの。聖人君子みたいな人だよ。あなたは聖人と言うより、変人だけどね。悪いけど、あたし、変人は嫌いなの。変人、無愛想、ひねくれ者……。あたし、そんなあなたのこと、大っ嫌い」
 緑を睨みつけ、悪態をついた鈴歌。その直後に鈴歌は、遠くで世利名が誰かと話しているのを見つけた。鈴歌は緑を放置し、駆け足で世利名に近づいていった。すると、世利名が嘲笑しながら緑の容姿を揶揄しているのが、耳に入った。

 鈴歌はその夜、声を詰まらせて泣いた。




◆「カラス→睡眠……いや、スイカ」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)

 寝る前にしりとりをしている、カップルの紫音(しおん)と照樹(てるき)。紫音はカラスと答えたあと、眠ってしまった。
 朝になって紫音が目覚めると、横でまだ照樹が寝ている。紫音が照樹を揺さぶって起こした。
「カラスね。じゃあ、スイカ」
 照樹は、笑顔でそう言った。紫音は愕然とした様子を見せた。




◆「刺激的おうちデート」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)

 敦(あつし)と、その彼女である紗枝(さえ)が、敦の部屋で過ごしているときに、紗枝が軽く頭をぶつけた。ただ、怪我はなく、紗枝自身も全然痛くないと言っている。しかし心配性な敦は、何度もしつこく、大丈夫かと訊いた。

 数日後。2人で紗枝の部屋で過ごしていると、紗枝が突拍子もないことを言い出した。
「ねぇ、ユーチューバーがやってたんだけど、レモン汁を目に入れたら、すごい刺激らしいね。どんな感じか気になるから、あたしやってみようかな」
 そう言いながら、冷蔵庫からレモンを取り出す紗枝。
「やめとけって! 痛いって!」
 敦が必死の形相で、彼女の腕をつかむ。
「大丈夫だから。大げさだなぁ」
 敦の制止を振り切って、紗枝はレモン汁を一気に5滴も、自分の右目に注いだ。
「痛い! 痛い! やだ! 助けて! 敦! 助けて! 痛いよお! 助けてよお!」
 紗枝は七転八倒し、そのあとうめき声を上げながら、水道水で目を洗い始めた。しかし敦はずっと、ただただ無表情で、紗枝を見つめるだけだった。




◆「無限地獄」(2025年12月~2026年1月1日ごろ執筆)

 夏枝(なつえ)のクラスは、ある問題を抱えている。梢(こずえ)が、リーダー格の江里花(えりか)を含む4人から、筆舌に尽くしがたい壮絶ないじめを受けているのだ。夏枝は梢とはあまり話したことはなかったが、正義感の強い夏枝にとって、この問題は看過できるものではなかったようだ。
「助けてあげるからね」
 夏枝は真剣な眼差しで、梢にそう言った。そして夏枝は、まずは先輩に相談するなどの行動を起こし始めた。

 しかし敏感な江里花は、その動きに感づいたようだった。そして夏枝は、江里花に校舎裏へと呼び出された。
「余計なことを続けるなら、ターゲットを梢からあんたに変えるから」
 江里花にそうすごまれて、戦慄する夏枝。夏枝はこのとき、想起したのだろう。今まで梢が受けていた仕打ちの数々を。頭から大量の汚水を浴びせかけられ、画びょうや裁縫針を体に突き刺され、さらにはペンチで爪を剥がされる、あまりにも無残な梢の姿を。
「や、やめてよ、そんな……」
「あんな目に遭いたくない?」
「当たり前だよ……」
「じゃあ、今、選んで。今までどおりか、それともあなたがターゲットにされるか」
「…………」
「さあ、選んで! 早く! 早く答えないと、すぐにでも、あなたを……」
「わ、わかったよ! 今のままでいいよ!」
「あ、そう」
 こうして、それ以降夏枝は、梢が何をされていても、見て見ぬふりをするようになった。

 そんなある日。夏枝は帰宅しようと、校内の廊下を歩いていた。すると江里花とすれ違う際、虫のいどころが悪かったらしい彼女に、夏枝は手で強く押された。その拍子に転倒し、壁で軽く頭を打ってしまった夏枝。それに関しては幸い、怪我らしい怪我はなかったが、精神的ショックからか、夏枝は江里花が立ち去ったあとも、しばらく頭をさすりながら座り込んでいた。そこへ偶然、梢が通りかかった。
「頭を打ったの?」
 目を見開いた梢が訊いてくる。
「……う、うん。でも平気。ちょっと転んだだけだから。全然痛くない」
 夏枝が言うと、梢は夏枝のそばにしゃがんで、顔を覗き込んだ。
「出血はない? 吐き気とかは? 歩ける? しばらく激しい運動は控えたほうがいいよ。あと、もし強く打ったなら、一応病院に行ったほうがいいと思う。不安ならいっしょに行ってあげるよ」
 包帯だらけの指で、夏枝の手を握りしめる梢。
「い、いや、大丈夫。ありがとう。大丈夫だから。そんなに気にしてくれなくても……」
 そう話している途中で、夏枝は堰を切ったように号泣し始めた。
「ど、どうしたの? 大丈夫? やっぱり、痛いんじゃ……?」
 梢が、驚きと心配の入り交じった表情で尋ねる。
「違う。違うの。こんなの、痛くない。あたしは、全然痛くない。でも……本当にありがとう」
 夏枝はそう言って、泣き続けた。

 そんなことがあっても夏枝は、やはり江里花の存在を恐れてか、梢に再び手を差し伸べることはせずにいた。そしてそんな自分に心底嫌気がさしているらしく、部屋で一人になると、臆病者とか卑怯者とか、そんな言葉を自分で自分に対してつぶやいていた。しかしその一方で、驚いたことに、江里花は梢に飽きたらしく、梢へのいじめは急速に縮小し、そして消えてなくなったのである。それですべてが終わればよかったのだが、そうはいかなかった。

 昼休みの空き教室。江里花とその取り巻き3人に囲まれているのは、床にへたり込んだ夏枝だった。江里花たちはクスクスと笑いながら、夏枝を残し、教室を出て行った。夏枝は自分の腕を見つめる。そこには、ホッチキスの針が何本も刺さっていた。抜くのが怖いらしい夏枝は、数分後、針をそのままにして、フラフラと教室を出た。しばらく歩くと、梢が声をかけてきた。
「あ、あの、夏枝ちゃん……って、下の名前で呼んでも大丈夫かな」
 どことなくビクビクしているような様子の梢。
「もちろん」
 夏枝が笑顔で言う。
「ひょっとして、最近、嫌なことされてない?」
 不安げな顔で訊いてくる梢。
「嫌なことって?」
「た、たとえば……あっ!」
 梢が、夏枝の腕に刺さった針に気づいた。
「ああ……これ? 抜くのが怖くてね」
「すぐ手当てしてあげる! ちょっとあっちに行こう!」
 真剣な面持ちの梢が、夏枝の肩に触れ、移動をうながす。
「大丈夫だよ、これくらい。今日は軽いほうなんだから」
 ずっとニコニコしている夏枝。
「か、軽いほうって……。……ごめん、こんなことになったのは、あたしのせいだよね」
 顔をしかめ、うつむく梢。
「梢ちゃんのせい? なんで?」
「だ、だって、あたしを助けようとしてくれたよね。それで、あたしをいじめてた人たちに、目をつけられたんでしょ?」
 梢はこれ以上ないくらいに申し訳なさそうな顔で言う。
「そういう言い方も成り立つかもしれないけど、あたし、助けようとして、裏切ったんだよ。梢ちゃんを助けようとするならターゲットをあたしに変えるって脅されて、それに屈して、あとは梢ちゃんがどんな目に遭ってても、見て見ぬふりをしてた」
 それまでは笑顔を崩さなかった夏枝が、無表情でそう話した。
「脅されたんだね。じゃあ、それで手を引くのは仕方のないことだよ。と、とにかく、手当てしよう? そのあと、どうやって解決するかを……」
「解決?」
「えっ? うん。解決しなきゃ」
 キョトンとした顔の夏枝を見つめる梢。
「解決しなくていいよ」
 また笑顔になる夏枝。
「……えっ?」
「だって、あたしが今こんな目に遭ってるのは、梢ちゃんを見捨てたからなんだよ。あたしは自分が痛い思いをするのが怖くて、梢ちゃんを犠牲にしたんだよ。これは天罰みたいなものなんだと思う」
 夏枝は自嘲気味に笑う。
「て、天罰だなんて、やめてよ」
 梢が蚊の鳴くような声で言う。
「天罰だよ。だからあたし、痛いし、辛いし、怖いけど、ホッとしてる。やっとあたしが断罪される日が来たんだって思ってる。だって、ずっと後ろめたい気持ちが、モヤモヤしたものが、あたしの心を支配してたんだもん。もちろん、自分がスッキリしたいがために罰を受けたいだなんて、どこまでも利己的だけどね。でもそんな悪魔のようなあたしには、こんなふうに無残に体に針が打ち込まれるのがお似合いだと思う」
 腕に刺さった針を見せてくる夏枝。
「や、やめてよ……。あ、あたしは、助けようとしてくれた夏枝ちゃんに、心から感謝してるんだよ? なのに……」
 青ざめて言う梢。
「感謝? 何を言ってるの? あたしは、梢ちゃんがずっとターゲットだったらいいって、そう願ってたんだよ。あたしがターゲットになるのを恐れて」
 怪訝そうな顔をする夏枝。
「感謝してるよ、助けようとしてくれたんだから」
 夏枝の目を見つめる梢。
「でもあたしは助けなかった。約束を破った。見捨てた。裏切った。自分を優先した。自己中心的な判断を下した。それがあたし」
 夏枝が無表情でまくし立てる。
「やめてよ……」
「だから天罰が下った。断罪される。処罰される。地獄の責め苦を負う。殴られる。蹴られる。針を刺される」
「やめてよ……」
「明日は爪を剥がされるらしいよ。爪は初めてなんだよね。きっと言葉では言い表せない痛みなんだろうな。甘んじて受け入れるけどね」
「や……め……てよ……」
「何枚剥がされるかな? 片手だけで5枚かな? 両手で10枚? アハハハハハ! あたしに相応しい末路だね! アハハハハハ! アハハハハハハハハハハ!!」
 無表情のまま、笑い声を上げるという、奇妙な様子を晒す夏枝。
「や……め……」
 梢はその場にくずおれた。そして、慟哭した。




◆「自称悪魔」(2026年1月7日執筆)

 菜々子(ななこ)は、クラスメイトで親友の飛鳥(あすか)を、事故で亡くした。他に友達のいない引っ込み思案な菜々子にとって、飛鳥は文字通り、唯一無二の存在だったと思われる。そんな飛鳥が、1人で駅の階段を下りているときに、転落したのだ。将来パティシエールになって、ケーキでみんなを笑顔にしたいと語っていた飛鳥。その夢は、無残に打ち砕かれた。

 葬式が執り行われる中、慟哭する菜々子。そんな彼女に、クラス委員長の果澄(かすみ)が、沈痛な面持ちで声をかける。
「菜々子ちゃんは、飛鳥ちゃんとすごく仲がよかったよね。飛鳥ちゃんのことを思うと、辛いよね。大丈夫?」
 菜々子の肩に手を置き、心配する果澄。すると菜々子は、なんとか泣くのを我慢しようとしているのか、息苦しそうにし、咳き込み、しばらく嗚咽し、そしてようやく話し始めた。
「違うんです。違うんです。あたしにとって飛鳥ちゃんは、たった1人の友達だったんです」
 果澄は、うんうんとうなずいた。
「そうだよね。だからこそ、飛鳥ちゃんの無念な気持ちが、痛いほどわかるんだよね」
「違うんです。違うんです。違うんです」
 壊れたレコードのように、何かを否定し続ける菜々子。
「えっと、何が違うのかな?」
 果澄が怪訝そうな表情をする。
「あたしは悪魔です」
 菜々子の唐突な発言に、果澄はギョッとした様子を見せる。
「……悪魔? どういうこと?」
「ちょうどあたし、あなたみたいな誠実な人に、断罪してほしかったんです。あたしは、友達を失ったから、悲しいんですよ。あたしが泣いてる理由は、その悲しみが半分と、自分が悪魔だということを知ったショックが半分です。ほとんどそれだけなんです」
 強い口調でまくし立てる菜々子。果澄にとって、こんな様子の菜々子を見るのは、初めてのことだった。
「うん。友達を失ったら、悲しいよね。でも、悪魔って何? 罪悪感を覚えてるってこと? もしかして、事故の日に自分がその場にいたら、飛鳥ちゃんは死ななかったかもしれないとか、そんなこと思ってる? そういう考え方は、やめたほうがいいよ」
 果澄は、そう言ってなぐさめた。
「いえ、だから、違うんです。あたしは自分が友達を失ったから、それが悲しいんですよ」
 そう言われて、果澄はその言葉の意味について、考え込んでいる様子だ。そして、ハッと何かに気づいたような様子を見せ、果澄はそっと菜々子を抱きしめた。
「菜々子ちゃん、大丈夫だよ。あなたは天使だから。こんなお友達を持って、飛鳥ちゃんは幸せ者だね」




◆「ドッキリギクシャク」(2026年1月9日執筆)

 つき合い始めて1か月ほどになる、ちょっと気が弱い亮介(りょうすけ)と、いつもポジティブな藍華(あいか)。

「そうだ。亮介君に、ドッキリをしかけよう」
 あるとき、藍華は、そんな独り言を言った。そして亮介に近づく。
「亮介君、ちょっと言っておきたいことがあるんだけど」
「どうしたの? 改まって」
「亮介君って背がめっちゃ低いよね」
 藍華にそう言われた亮介は、一瞬目を見開いた。
「う、うん……」
 亮介がシュンとした様子で肯定する。確かに亮介は、藍華よりは高いものの、男性としてはかなり小柄なほうだ。
「ねえ、なんでそんなに低いの? なんで?」
 詰問調で藍華が訊く。
「わ、わからない。小さなころから、好き嫌いなく、なんでも食べてきたんだけど……。遺伝もあるのかな……」
 亮介は困惑した様子だ。
「もうちょっと高い人がよかったなー」
 藍華が言うと、亮介はうつむいた。
「そっか……。確かに、女の子からしたら、そうなんだろうね……」
 蚊の鳴くような声で言う亮介。
「納得されたところで、背は伸びないよねー。ま、今さら何をどうしたって、徒労に終わるだろうけど。成長期とっくに過ぎてるもんね」
 藍華が呆れたような口調で言う。
「こ、小柄な男は、何をすれば魅力を高めることができるかな?」
 亮介が苦しげな表情で問う。
「小柄? 小柄って言葉はさ、一種の婉曲表現みたいなもんだよね。誰に対して配慮してるの? あっ、自分で自分に対して配慮してるのか。でもはっきり言っちゃうと、ちんちくりんってやつだよね。寸足らずだよね。チビだよね。もっと言うと、男としての価値がないよね。男性失格だよね」
 藍華がまくし立てる。
「ごめん。ごめん。ごめん……」
 壊れたレコードのように、亮介が謝罪し始めた。そして亮介の頬を、一筋の涙が伝った。
「あっ、いや、ドッキリだよ。ちょっとした遊びだよ。全部演技だから。背が低いこと、なんとも思ってないから」
 泣くとは思っていなかったらしい藍華が、狼狽しつつ釈明する。しかし亮介は、スッキリしていない様子だ。
「僕が泣いたから、気を遣って、ドッキリってことにしたんじゃないの……?」
「ち、違うよ!」
「本当はずっと僕の低身長を気にしてて、それが今日、爆発したんじゃ……?」
「違うって!」
 そんなやりとりが、何度か繰り返された。

 そして結局、しばらくの間、2人の関係はギクシャクしたものになってしまった。




◆「今は強い」(2026年1月11日執筆)

 誠実な性格の穂波(ほなみ)という若い女性と、その彼氏である、楽天的な性格の啓児(けいじ)という同い年の男性がいた。2人は仲睦まじく過ごしていたが、啓児は交際数年目にベーチェット病という難病が見つかり、その数年後にはさらに、その病のせいで失明してしまった。しかし啓児の難病発見後、ずっと穂波は、啓児を献身的に支え続けていた。また、視力を失ったとき、啓児は初めのうちこそ、何度か弱音を吐いたこともあったものの、クヨクヨしていても仕方ないと、すぐに元気になった。穂波は、そんな啓児に対して、ちょくちょく尊敬の言葉を口にしていた。

 しかし、そんなある日、啓児が真剣な面持ちで、別れ話を切り出したのである。
「他に好きな人ができたんだ。だから別れてほしい」
 それを聞いて、穂波は怪訝そうな顔をした。
「啓児が難病と診断されてから、あたしたちずっと同棲してるよね。客観的には一心同体と言っても過言ではないくらい、ほとんどずっといっしょにいたよね。あたしはそれまで勤めてた職場を辞めて、家でできる仕事に切り替えたし。あなた、よそで恋愛なんてしてる暇あった? いつ好きな人ができたの?」
「俺、1人で出かけたこともあっただろ」
「それは、あったけど……。でも、いつも、すぐに帰ってきたよね」
「そのときに好きになって、ひそかに電話とかかけてたんだよ」
 ありえない話ではないが、それでも穂波は信じられない様子だ。
「……ねえ、それ、ウソだよね?」
 穂波は溜め息をついてから、そう言った。
「い、いや、その、えっと、その、ウソじゃ……」
 啓児がしどろもどろになる。
「ウソだよね?」
「…………」
「そんなウソ、つかなくていいんだよ」
 そう言っている穂波の頬を、一筋の涙が伝った。そして穂波は、啓児を抱きしめた。
「あなたは大丈夫なんだと思う。強いから。でも、あたしだって、大丈夫なんだからね。今は、強いから」
 その言葉を聞いて、光を失った啓児の目にも、涙が光った。




◆「土下座対決」(2026年1月16日執筆)

 和久(かずひさ)は、彼女の亜里沙(ありさ)の誕生日に、大金を払って、ヘリコプター遊覧飛行をプレゼントすることにした。和久は亜里沙には内緒で、彼女をヘリコプターの前まで連れてきた。亜里沙は喜びや感謝の言葉を口にしたものの、遊覧中、なんだか様子がおかしい。景色を楽しむどころか、うつむいたり、目を閉じたりしている。そしてとうとう亜里沙は震え出した。
「お、降ろして! やだ! やだ! いやああああああああああ!!」
 急に堰を切ったように、絶叫し始めた亜里沙。機内で暴れ、どう見ても異常な状態である。
「もうすぐで着陸ですから」
 操縦士がそう言い、和久も必死に落ち着かせようとするが、亜里沙は叫び続ける。

 そして着陸後。2人でベンチに腰かけて休憩している。和久のおかげで、亜里沙は落ち着きを取り戻すことができた。亜里沙は気まずそうに、ポツリポツリと語り始めた。
「ごめんね……。じ、実は、極度の高所恐怖症で……でもせっかく大金を払って、あたしのために用意してくれたプレゼントなんだもん……。それに、あなたの笑顔を見てたら……言い出せなくて……高いところにいるってことを、なるべく考えないようにして……頑張ってたんだけど……やっぱり無理だった……。本当にごめん……」
 すると和久は、突然立ち上がり、ベンチから数歩離れたかと思うと、亜里沙に向かって土下座をした。
「君が謝るのはおかしい! 俺のほうこそごめん! 君の心を傷つけるつもりじゃなかったのに……俺は最低なことを……」
 頭を地面につけたままの和久を見て、亜里沙はオロオロする。
「あ、頭上げてよ! それに、何を言ってるの? 最低なことだなんて。誕生日をお祝いしてくれたんでしょ? あたしはもう、大丈夫だから!」
 亜里沙はそう言うが、和久は泣き出した。
「大丈夫なんかじゃないよ……俺が君の誕生日を台なしにしたんだ……。ごめん……。許さなくていいし、気を遣わなくていい……。遠慮せずに、気が済むまで、罵倒してくれていいから……」
「や、やめて! 罵倒なんかするわけないでしょ!? あたしはあなたに感謝してるんだから! それに台なしにしたのは、あたしのほうなんだよ! あたしが土下座しなきゃいけないんだから!」
 そう言って亜里沙も泣き出し、和久の前で土下座を始めた。こうして、男女が向かい合って泣きながら土下座をするという、周りから見れば異様な光景が完成してしまった。




◆「オススメ禁止」(2026年1月21日執筆)

 女子大生の結衣(ゆい)は、男友達の礼太郎(れいたろう)に、自分の好きな全20巻の漫画作品を、しょっちゅう貸してあげようとしている。感動を分かち合いたようだ。しかし、いかんせん礼太郎は、漫画に興味がない。どんなに作品のよさを熱弁しても、結衣の一人相撲のような状態になってしまっていた。それでも結衣は、絶対感動するから、絶対気に入るからと、執拗に勧めた。

 そんなある日、努力の甲斐あって、ついに結衣は、礼太郎に漫画全巻をとりあえず受け取ってもらうことに成功した。
「読むかどうかわからないよ。もし一瞬でも気が向いたら、すぐに読めるように部屋に置いておくだけ」
 礼太郎が苦笑しながら言った。
「うん。それでもいいよ。読んだと報告してくれる日を、感想を教えてくれる日を、一日千秋の思いで待つよ」
 結衣は笑顔で言った。

 するとついに、漫画を貸してから1か月後、礼太郎が語り出した。
「読んだよ。結構、感動したよ。14巻のラストは、特にグッときたよ。君が勧めてくれる意味がわかったよ」
「でしょ! 感動したでしょ!」
 結衣はこの作品の魅力を共有できたことに、小躍りして喜んだ。しかし、この作品の中で一番と言われる、肝心の19巻の名場面について、礼太郎はひどい思い違いをしていた。この作品への愛が深い結衣にとって、それは看過できることではないどころか、「一大事」だったらしい。結衣は感情をむき出しにした。
「あんた、それ、どういうこと!? そんな勘違いしてるなら、どうせ他の名場面も全部勘違いしてるでしょ! もう一度、今すぐ、最初から全巻読み直しなさい! 今日中に! 何が感動しただ! 知ったような口を利くな! あんたはこの作品を微塵も理解できてない! あんたは作者を愚弄してるも同然だよ!」
 そう言って結衣は、礼太郎の二の腕を、げんこつで何度も殴った。
「ゆ、結衣! 痛い! 痛いって! やめて!」
「アホ! ボケ! カス! 無能!」
 結衣は礼太郎を殴り続け、そして罵倒し続けた。




◆「続 オススメ禁止」(2026年1月22日執筆)

 結衣は、ことあるごとに謝罪の言葉を口にするようにした。その甲斐あって、なんとか礼太郎も、結衣の「オススメ話」を聞いてくれるようになってきた。

 あるとき礼太郎は、結衣に勧められて、今度は全30巻の漫画作品を読破した。しかし結衣が感想を求めても、礼太郎は、たった一言、よかったと言うだけで、深いコメントを述べることはなかった。それに対して結衣は、あからさまに不満げな表情をした。
「ねえ、ちょっと、礼太郎。よかっただけじゃなくて、もうちょっと掘り下げてよ。なんだか拍子抜けしたよ」
「ハハハ……。前回のことがあるから、言葉選びに慎重になっちゃってるかも」
 礼太郎が苦笑する。
「あのときはごめん。でも、今回は、忌憚のない意見を聞かせてよ。ざっくばらんにいこうよ」
「うーん、だけど……」
 礼太郎はなおも逡巡している様子だ。
「じゃあ、好きなキャラは?」
 結衣が溜め息交じりに訊いた。
「えっと、好きなキャラは、皐月(さつき)かな」
「さ、皐月? えっと、冗談だよね?」
 結衣はしかめっ面をし、声のトーンも変わった。
「えっ? い、いや……皐月が好きなんだけど……。何か問題でもあるの……?」
 礼太郎の声が小さくなる。
「よくも、いけしゃあしゃあと……一度ならず二度までも……」
 結衣が歯ぎしりをする。
「な、何が……?」
「何がじゃないよ! あたしの好きなキャラは直也(なおや)だって、前に言ったよね!? 皐月のせいで直也は長い間、葛藤したんでしょうが! あんな薄情者を好きってどういうこと!?」
 結衣の怒りが爆発したようだ。
「いやいや! 皐月には悪気はなかったし、それに皐月にもいろいろ、いいところがあるじゃん! そりゃ欠点もあるけど、あばたもえくぼってやつだよ。皐月は物腰が柔らかいし、頭脳明晰だし……」
「あばたもえくぼで済むか! あんなトラブルメーカーのどこがいいの!? 正気の沙汰じゃないよ!」
「ど、どこがいいって……だから、物腰が柔らかくて、頭脳明晰で、言葉の端々に知性が感じられて、才色兼備で……。あと、シンプルにキャラクターデザインが好きなんだ」
「そのプラスをゼロにするほどのマイナスがあるでしょうが! あの子は諸悪の根源でしょうが! 疫病神でしょうが!」
「言いすぎだよ……。そんな、血も涙もない極悪人みたいに言わなくてもいいじゃん」
「極悪人でしょうが! あの子は死刑にすべきだよ! 情状酌量の余地なし!」
「でも……」
「でもじゃない! もういい! この話はやめよう! あんたがいつか目を覚ましてくれることを願うばかりだよ!」
「…………」




◆「色白のメモ帳」(2026年2月7日執筆)

 女子大生の芽依(めい)は、普段から手や腕に、ボールペンやマジックで大量にメモをすることが多い。

 ある日、芽依は、同じ大学に通う彼氏である利彦(としひこ)の部屋で、ベッドに腰かけて、くつろいでいた。そのとき、利彦にバイト先から電話がかかってきた。
「もしもし。……はい。はい。ええ。はい」
 返事をしながら、利彦はローテーブルの上にあったボールペンを取る。しかし、見たところ、インクが残っていない。すぐにボールペンを投げ出して、今度は机の引き出しから、細字の黒マジックを取り出した。そして、さらにバタバタと、ものを捜している。
「メモ用紙を捜してるの?」
 芽依が小声で訊いた。すると利彦は、電話に応対しながら、コクコクと芽依に向かってうなずく。利彦はメモに関しては、デジタル派ではなくアナログ派なのだ。
「ごめん、あたしも、今は持ってないや」
 芽依が申し訳なさそうに言う。すると利彦は突然、芽依に近寄って中腰になり、電話を耳と肩の間にはさむと、芽依の左腕を自分の左手でつかんだ。そして、右手に持ったさっきのマジックで、芽依の左腕に文字を書き始めた。
「……はい。はい。わかりました」
 返事をしながら、芽依の腕にマジックを走らせる利彦。かなり、大量にメモをしている。芽依は、呆気にとられたのか、フリーズしている。
「……はい。はい。では、失礼します」
 利彦の電話が終わると、芽依が怒りをあらわにした。
「ちょっと! 利彦君!」
「いや、大丈夫! これ、油性じゃないから!」
「ねえ! なんで!?」
「なんでって、君、いつも、腕にメモしてるじゃん!」
「ダメでしょ! これ!」
「いや、落ちるって! マジでちゃんと落ちるから、それ! 君がいつも使ってるマジックより、落ちやすいんじゃないかな!?」
「ああ! もう! 信じらんない!」
「いや、落ちやすいって言ってるじゃん! いつもメモしてるじゃん! いつもマジックで腕にいっぱい書いてるじゃん! あとさ、俺、メモはアナログ派なんだよね!」
「バカ! バカ! 利彦君のバカ!」
「いや、バカはないだろ? ひどいなあ」
 2人はしばらく言い争った。




◆「続 色白のメモ帳」(2026年2月21日執筆)

 1週間後。利彦の部屋のベッドで芽依が寝そべっていたところ、そのまま寝てしまった。すると利彦のスマホの着信音が鳴った。またバイト先からの電話だ。電話に応対する利彦。利彦は、キョロキョロする。どうやら、ボールペンやメモ帳を、結局、買い忘れていたということに気づいたようだ。利彦はまたマジックを取り出し、芽依の腕を見た。しかし芽依は今日、長袖を着ている。手は、走り書きをするには、スペースが狭い。脚には、タイツを穿いている。利彦は、芽依の顔に、マジックで大量にメモをした。そして電話が終わったあと、しばらく腕組みをし、結局、大学で使っているノートのページを1枚、手で切り離した。
「ノートのページは全部そのままにしておきたいっていうこだわりがあるんだけど、やむを得ないな」
 利彦はそんな独り言を言い、芽依の顔を見ながら、落ち着いてゆっくりとメモの内容を、切り離したノートの紙に書き移した。

 数分後に起きた芽依が、トイレに立った。そして、鏡のある洗面所に移動した途端、悲鳴を上げた。ドタバタと芽依が、利彦のもとに戻ってきた。
「コラアアアアアアアアアア!」
 鬼の形相で大声を上げる芽依。
「もう書き移したから、洗っていいよ」
 利彦がケロリとした顔で答える。
「ねえ! 利彦君! なんで!? ダメでしょ!」
「長袖で、タイツだったから、仕方ないじゃん。服に書いたら、落ちないかもしれないし。手は、走り書きをするには、スペースが狭いし」
「いや! だから! ああ! もう!」
 地団駄を踏む芽依。
「洗面所で顔を洗えばいいじゃん。前も言ったけど、それ、水性で、落ちやすいよ。油性だったら、帰り道で恥ずかしい思いをしたかもしれないけど、水性なら落ちるから、人に見られないじゃん」
「書かれること自体が、嫌なの!」
「じゃあ、寝る前に、顔を真っ黒に塗りつぶしておけば、よかったんじゃない? それなら書けないからさ。そういう対策を怠ったのは、君だよね?」
「ええっ!? 何言ってんの!?」
「まあ、さすがにそこまでするのは、億劫か。でもさ、寝るってことは、自ら無防備になってるよね? そりゃ、書かれるよね? 君、ひったくり多発地域に行って、そのへんにバッグを放置するの? しないでしょ?」
「関係ないでしょ! もう! もう! ひどい! 腕よりひどい! たとえ人に見られなかったとしても、腕よりひどい!」
「なんで人に見られなかったとしても、腕より顔のほうがひどいの? 腕も顔も同じ皮膚じゃん。顔だけ金属製なの? プラスチック製なの? 同じだよね?」
「いやいや! 普通に考えて、一般的に考えて、顔は腕よりもっと書いちゃいけない場所でしょ! 腕もダメだけどね!」
「顔洗ったら化粧が落ちるから、困るってこと? 別にすっぴんでもいいじゃん。君のマンション、ここから数分でしょ。しかももう暗いし。大丈夫だよ」
「そういう問題じゃない! ああ! ああ! 信じらんない!」




◆「月下美人+月下氷人=氷上美人」(2026年2月14日執筆)

「オリンピック、たまには見てみたら?」
 スポーツやオリンピックにまったく関心のない学(まなぶ)に、彼女である心羽(ここは)がそう言った。
「オリンピックねえ……。心羽は興味あるんだろうけど、それって面白いの?」
 学は、いかにも気が乗らないという感じの口調だ。
「面白いかどうかは人によるけど、ちょっとくらい見てみたら? 別に真面目に応援したりしなくてもいい。どんなスポーツが存在するのかとか、どんなふうに観客が盛り上がってるのかとか、自分なりの視点で見てみなよ。何か発見があるかもしれないよ。まあ、無理にとは言わないけどね」

 数日後。心羽の部屋で2人が過ごしていると、学がおもむろに立ち上がり、オリンピックを放送しているテレビの前に陣取った。そして、真剣な眼差しで観賞し始めた。心羽は顔をほころばせた。
「あれ? オリンピックに興味が出てきたんだ?」
「うん! 千賀(ちか)ちゃんを待ってるんだ!」
 学は視線を画面に釘づけにされたままだ。
「へ? チカちゃん?」
「千賀ちゃんのこと、知らないの? 多分、もうすぐ画面に映るよ」
 心羽には一瞥もくれず、学が言う。
「チカ……。……ああ、カーリングの栄田(さかえだ)選手のことね」
 ようやく心羽は思い当たったようだ。
「そう! だって、めっちゃ美人だし! 彼女が映る時間帯なら、見るよ! 自分なりの視点で、いいんだよね!」
 すると心羽は顔をしかめた。そして次の瞬間、栄田選手が画面に映った。
「ほら! 千賀ちゃん! めっちゃ美人!」
 小躍りする学。
「……この人、あたしより、美人だと思う?」
 心羽が無機質な声で訊く。
「当たり前だろ!? 画面見ろよ! どこをどう見ても、お前より美人だろ!?」
 このとき、ようやく学が一瞬だけ、心羽のほうに視線を向けた。しかしまた画面に向き直る。
「……そう?」
 心羽の声が低くなる。
「えっ!? お前、もしかして、自分が勝ってると思ってる!? 自分が勝ってると思ってる!? 自分が勝ってると思ってる!? ねえ! 自分が勝ってると思ってる!?」
 学はニヤニヤしながらも、画面から目は離さない。
 心羽はリモコンを手に取り、テレビの電源を切った。
「おい! 何すんだよ!?」
 学は激怒した。




◆「顔面、盤面、バカでごめん」(2026年2月19日執筆)

 高校生の百合音(ゆりね)と椎奈(しいな)が、「オセロ対決をして、負けたほうは罰ゲームとして、勝ったほうの石と同じ色の絵の具で、顔を塗りつぶされる」という遊びをすることにした。
「でも、ちょっと待って、椎奈」
 百合音が、ハッとしたように言った。
「どうしたの? 百合音」
「いや、オセロって、緑の盤面に石を置くじゃん。じゃあ、せっかくだから、そのイメージを顔にも適用しようよ。そのほうが本格的でしょ。顔面が、盤面なわけ」
「えっと、つまり……?」
「対戦前に2人とも、顔を緑色の絵の具で塗りつぶしておくんだよ。で、負けたほうは、緑の上から、黒もしくは白を塗られるわけ」
「ああ、なるほどね。了解」
 こうして百合音と椎奈は、互いの顔を絵の具で緑色に塗りつぶし、それからオセロをプレイし始めたのだった。

 2人の共通の友達である美雪(みゆき)は、この話をあとで2人から聞いて、しばらくポカンとした。
「……え? ……あんたら……バカなの?」




◆「意地悪なチョウ」(2026年2月20日執筆)

 ある夏の日。60代の祖父母が住む町に、両親とともに遊びに来た、10歳の少女、優月(ゆづき)。児童公園でアオスジアゲハを追いかけ、1人で遊んでいる。そのまま公園を出て、チョウに道案内されるかのように、清冽とは言いがたい小さくて静かな川にかかる、古色蒼然とした橋にたどり着いた。そのたもとには、40代くらいと思われる、1人の男がたたずんでいた。この町では「ギョロ目のおっちゃん」として有名な、その二つ名のとおり、ギョロッとした目が特徴の、ホームレスの憲光(のりみつ)だった。
「お嬢ちゃん。見かけない子だね。このへんの子?」
 優月に尋ねる憲光の声が、セミの合唱に重なった。
「ううん! 違うよ! 遠くから来た! 優しい月って書いて、優月っていうの! 明日、帰るけどね!」
 優月はハキハキとした声で答えた。
「ふーん。いい名前だね。うらやましよ。僕なんて、ギョロ目のおっちゃんっていう名前だからね」
「ぎょろめのおっちゃん? それ、本当のお名前なの?」
「まあ、本当の名前じゃないけど、本当の名前だと思ってくれてもいいよ。もう本名で呼ばれることなんて、ほとんどないからね」
「そうなの?」
「うん。……ところで、それ、何? 君が右手に持ってる、それ」
 優月は憲光にそう言われ、お小遣いとして渡された千円札を、握りしめたままになっていたことに、ようやく気づいたようだ。
「ママからもらったお小遣いだよ!」
「へー。それ、もしかすると、北里柴三郎さんの顔が描いてある、新しいお札じゃないかな? 僕、まだ野口英世さんしか、見たことないんだよね。ちょっと、よく見せてくれない?」
「うん! いいよ!」
 優月は憲光に千円札を手渡した。すると、憲光は、申し訳なさそうな笑顔を浮かべて、優月を見た。
「このお金は、お嬢ちゃんにとって大金だと思うけど、僕にとっても大金なんだよね。それでさ……えーと、ごめんね?」
「……?」
 あろうことか、次の瞬間、憲光は千円札を手にしたまま、全力疾走と思われる素早さで立ち去ってしまった。あまりのことにポカンとし、やがて大泣きする優月。
 しかしこの出来事を口にすることは、何となく、はばかられるような、空恐ろしいような感じでもしたのだろうか。優月は、母親には千円札は風で飛ばされたとウソをつき、こっぴどく叱られたのだった。
「大きくなったら、絶対にあのおじさんに仕返ししてやる」
 優月は母親から解放されたあと、そんな独り言を言った。

 そして20年の歳月が流れ、80代の祖父母が住む町に、1人で遊びに来た、30歳になった優月。町を散歩していると小腹が空いたので、自分が12歳くらいのときにできたという、ハンバーガーショップに入った。注文を終えて席に着くと、隣の初老の女性2人の会話が聞こえてきた。
「ほら、あそこにいる、あの白髪のおじさん。彼、『ギョロ目のおっちゃん』らしいよ。バイトから初めて、今、店長みたい」
「へー。そうなの? 懐かしい。昔は、あの今にも落ちそうな橋のあたりに、よくいたよね。ずいぶん長い間、そこでは見かけないなと思ってたけど」
 優月は目を凝らして、その男性を見た。彼の姿には、目をはじめとして、面影がある。優月は立ち上がり、その店長、すなわち憲光に、柔和な笑顔で近づいた。
「あのー、すみません」
「はい、何でしょう?」
 特徴的なギョロッとした目で、憲光は優月のほうを見た。
「店長をされてるんですね。何と言うか、おめでとうございます」
「え? ああ……はい……。ありがとうございます」
 憲光は、戸惑うような、いぶかしむような、きまりが悪いような、複雑な表情で答えた。
「いえ、いきなりすみません。実はあたし、20年前、あなたに千円札を盗られた、あの小娘……優月なんですよ」
 優月は照れ笑いをしながら、言った。すると憲光は、しばらくは、生まれつき大きな目をさらに見開いて、優月を見つめたまま、完全にフリーズしていたが、やがて、わなわなと震え出した。
「……千円札……北里柴三郎……橋……小川……アオスジアゲハ……夏……セミの声……少女……ゆづき……優月……」
 ブツブツと単語の羅列をつぶやき続ける憲光。優月が怪訝そうな表情をしていると、突然、憲光は、その場で土下座をした。
「すみませんでした! すみませんでした! あのとき、私、千円札を見て、衝動的に……いや、言い訳はしません! すみませんでした! すみませんでした! うっ、ああっ、うわあああああっ……!」
 そしてそのまま、号泣し始めてしまった。優月は狼狽し、店内は騒然となった。




◆「続 意地悪なチョウ」(2026年2月22日執筆)

 土下座のあと、憲光はハンカチで涙を拭き、ちょっと待っててくださいと言って、一度姿を消した。そして、すぐに優月のところへ戻ってきた。その手には、4枚の一万円札と、1枚の五千円札がある。
「今、財布にあったお札、全部です。お返しします」
 頭を下げ、それを優月に差し出す、真剣な眼差しの憲光。
「いや、多いですよ! 千円でしたよね? 受け取れません」
 優月は苦笑して断る。
「でも、これは、純粋な幼い女の子の心を、深く傷つけたことに対する、お詫びの証です。……いや、私は何を考えてるんだ。この程度では、足りませんよね。ちょっと、お時間をいただけませんか? すぐに、銀行へ……」
「け、結構ですから! 持ってきてもらっても、あたし、受け取らないですよ!」
 ブンブンと首を横に振る優月。
「どうしても、受け取っていただきたいんです。銀行は、すぐそこです。1分ほどで、戻ってきますから」
 申し訳なさそうな、それでいて、すがるような口調で言う憲光。
「いえ、ダメです。何と言うか、すみません」
 今度は優月が頭を下げた。
「この際、人助けだと思って、受け取っていただけませんか? 受け取っていただけたら、私は救われるんです。お願いします」
「そ、そう言われましても……」
 懇願する憲光と、困惑した表情の優月。
「もちろん、傷つけた側の人間が、救ってくれなどとお願いするのは、いかがなものかとは思います。それは重々承知です。しかし、その一方で、私が誠意を示すとすれば、やはり、これくらいしか思いつかないので。どうか、お願いします」
 憲光が切々と訴える。
「……なるほど。フフフ。わかりました」
 優月が笑顔になる。
「受け取っていただけるということですね。では、少々、お待ちを……」
 憲光は、窓ガラス越しに見える銀行のほうへと、目を向ける。
「待ってください。今、わかりましたと言ったのは、そういうことではないんです」
 笑顔のまま、優月が引き止めた。
「え?」
「あと、ついでに言うと、さっき一瞬、新発売の伊勢エビバーガーくらいなら、おごってもらおうかなとも思いました。エヘヘ。でも、それもいいです。このあと、注文したチーズバーガーだけ食べて帰ります」
「じゃあ、わかりましたっていうのは……」
 憲光は腑に落ちない様子だ。
「あたし、失礼ながら、もともとは、あなたのことを根っからの悪人だって、思ってたんです。でも、今日、わかりました。あなたは意外と、いい意味で、普通の人です。少なくとも、今は普通の人だと思います。それが嬉しいんです。あたし、30年生きてきて、いろんな人に出会いました。昔のあなたのように、平気な顔をして人を傷つけたり裏切ったりする人たちも、たくさん見てきました。でも、だからと言って、人間という存在に対して、簡単に絶望しちゃいけないんだなって、今日、思ったんです。この気持ちを、この発見をくれたのは、他ならぬあなたです。お金なんていりません。この収穫があっただけで、十分です。これは、お金では買えないものです」
 柔らかな口調で語る優月の言葉に、再び憲光は涙をこぼした。
 店内はさっきから、シンと静まり返っている。優月はそのことにようやく気づいたのか、キョロキョロと辺りを見回した。客たちはみんな、優月と憲光のほうを、凝視していた。優月は赤面した。

 番号を呼ばれ、優月はカウンターで、憲光からチーズバーガーを受け取った。
「どうも! 頑張ってくださいね」
 優月が応援の声をかける。
「ありがとうございます。ごゆっくり、どうぞ」
 そう言った憲光は、満ち足りたような表情をしていた。
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プロフィール

HN:
焼旅シン ※他にもあり
性別:
男性
趣味:
パズル、科学、独自考察、絵、鼻歌作曲、プチDIY
自己紹介:
逆説的に納豆が好きな関西人です。
大喜利サイトの「Laughteria」で、
「隕石0419」という名前で大喜利をやっています。
以前は別の大喜利サイトである
「大喜利総合サイト」や「大喜利たろう」で、
「隕石を思い浮かべる男」という名前でやっていました。

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